68.ジペプチド分析⑥ ジペプチド分析の事例とトリペプチド分析
ジペプチドを網羅的に測定する方法は確立されました。
本手法をチーズやワインに適用した結果が下記の文献に示されています。
(陰山直子ら 分析化学 69 173-178(2020) https://doi.org/10.2116/bunsekikagaku.69.173)
詳細は、そちらを読んでいただくとして、結論としては、チーズ、ワインともに多くのジペプチドが検出されています。当時、味の素(株)が保有していたジペプチドライブラリーを用いて保持時間も確認して同定しています。
当然と言えば当然ですが、チーズとワインとではジペプチドのプロファイルが異なり、またチーズの種類や赤ワインと白ワインでもプロファイルは変わります。産地、銘柄など、突き詰めればいろいろな発見があると思います。今後、注目されるジペプチドについては、定量していくことで、味とジペプチドの関連性の知見が深まることが期待されます。そのためには安定同位体標識のジペプチドや定量用標品など分析環境を整えていくことも必要です。
さて、この方法がトリペプチドにも適用できないかということを聞かれたことがあります。
トリペプチドは、アミノ酸が3つ並んだものです。有名なトリペプチドには還元型グルタチオンがあり、グルタミン酸、システイン、グリシンがこの順にN末端からC末端へ並んでいます。グルタミン酸とシステインは、グルタミン酸のγカルボキシル基とシステインのαアミノ基とでペプチド結合していますので、γGlu-Cys-Glyと表記します。
グルタチオンは、食品にも多く含まれますし、ヒトのほとんどの細胞に高濃度に含まれています。システインには-SH基があるため、強い抗酸化作用があり、このときグルタチオンは酸化され、グルタチオン2分子がS-Sで結合した酸化型グルタチオンになります。
味の素(株)の研究チームは、グルタチオンにはうま味・塩味・甘味の濃厚感や広がりを強める作用(コク味)があること、それが味細胞中のカルシウム感知受容体(CaSR)と反応することによるものであることを報告しました。この研究が発展として、γグルタミルバリルグリシンには、グルタチオンの約10倍の活性があることを発見し、現在調味料(食品添加物)として応用されています。コク味に関しては、総説を是非お読みください。
コク味物質「グルタミルバリルグリシン」の技術開発 | 味の素株式会社
黒田素央 総説「コク味」(kokumi )物質の受容機構と官能特性(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jln/30/1/30_3/_pdf)
話が長くなりました。トリペプチドの網羅的な分析は可能か否かでした。
ジペプチドの種類はざっくり400種類と書きましたが、トリペプチドはさらにその20倍の8000種類以上あるはずです。PICを誘導体試薬として用いても、検出されるプロダクトイオンは非常に複雑です。
トリペプチドの場合は、対象を絞って分析法を開発せざるを得ないと考えています。
前述のγグルタミルバリルグリシンが自然界に存在するかについて、分析法を開発し調査をしました。興味のある方は、文献(N. Miyamura et al., Chromatography 37, pp. 39-42 (2016) https://doi.org/10.15583/jpchrom.2015.034)をご一読いただきたい。とても大変だということがお分かりになると思います。