76. ミニ知識:アミノ酸の光学異性体とリュウグウ
以前も光学異性体の説明をしましたが、今回はアミノ酸の光学異性体に絞った話題を提供したいと思います。
アミノ酸は分子内にアミノ基(-NH2)とカルボキシ基(-COOH)をもつ化合物の総称です。自然界には約500種類のアミノ酸があるともいわれていますが、ヒトの身体のタンパク質はわずか20種類のアミノ酸で構成されています。この中でグリシンを除くアミノ酸は、アミノ基とカルボキシ基が結合するα炭素を不斉中心とする光学異性体が存在し、一方をL体、他方をD体として区別しています(図1)。
ヒトのタンパク質を構成するアミノ酸はL体であり、それだけでなくタンパク質を構成していないアミノ酸(遊離アミノ酸という)のほとんどがL体であると考えられてきました。しかしここ十数年の分析技術の進展に伴い、哺乳動物にも様々なD-アミノ酸が存在し、L体とは異なる生理機能を有する事が明らかになっています。
例えば、遊離D-セリンが脳で神経伝達や学習、記憶に寄与し、遊離D-アスパラギン酸は、ホルモンの合成や分泌の調節に関わっています。慢性腎臓病や軽度認知障害の患者では血漿中遊離D-アミノ酸が変動します。
実はタンパク質中のアミノ酸にもD体が存在することがわかってきています。例えば、水晶体α-クリスタリンのアスパラギン酸残基が加齢に伴いL体からD体へ異性化して、これが白内障との関連性が示唆されています。 脳内アミロイド中のアスパラギン酸やセリン残基がD体に異性化することがあり、アルツハイマー病との関連性が指摘されています。
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さて、話はガラッとかわりますが、2022年小惑星探査機「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星リュウグウの砂から23種類のアミノ酸が検出され話題となりました。
タンパク質を構成するアミノ酸だけでなく、イソバリン等も検出されました。これらのアミノ酸はL体、D体がほぼ1:1、つまりラセミ体でした。このことは小惑星にもアミノ酸は存在しているが、これらは非生物な合成プロセスで生成したと考えられるのが妥当で、生命の起源が宇宙からとする仮説を支持するものではありませんでした。
分析的に興味深いのは、これらのアミノ酸濃度の多くは1 nmol/g以下であったという点です。
これまで多種類のアミノ酸が検出されたマーチソン隕石に比較して遥かに少なく、太陽と同じ化学組成をもつとされるCIコンドライト隕石であるオルゲイユ隕石よりも少ない結果でした。 分析化学の視点で考えれば、この事実は、リュウグウの砂のサンプリング、前処理、分離、検出が極めて厳密に行われ、アミノ酸分析結果が信頼性の高いことを証明としているといえますよね。

図1 アミノ酸の光学異性体(*が不斉炭素)
【参考資料】
宇宙でアミノ酸発見!ってこれどういうこと?研究者にきいてみた
https://story.ajinomoto.co.jp/rd/008.html