180.年末年始のできごと 2025:2026
年末年始の過ごし方は今も昔も変わりません。
お飾りを買って、年賀状を出します。 お決まりのテレビ番組、紅白歌合戦、芸能人格付けチェック、箱根駅伝、大河ドラマの初回を観ます。
子供たちが帰省してきて、年越しそばを食べ、娘がおせちとお雑煮をつくり、家族でそろって食べ、その後に墓参りをします。
近くの神社に初詣に行きます。典型的な日本人の年末年始の光景です。
しかし、年賀状の枚数は随分と減りました。今年で終わりにすると宣言してくる人も増えています。年賀状は一回の面倒ではありますが、年賀状だけの付合い、つながりも大切だと思っています。年に一回の近況報告、歳をとればお互いの生存確認の手段です。そういう浅いつながりは不要と考える人が多くなったのでしょう。少し寂しいことです。30歳前後の子供たちには年賀状という文化がないようですから、いずれは消滅する風習なのでしょう。
年末年始のテレビ番組もリアルタイムでの視聴はほとんどなくなりました。都合のよい時にNHKプラスやTVerで早送り、観たいところだけを切り抜いてスマホやタブレットで観る、「テレビ」という機器はほぼ不要になっています。
「変わらない」年末年始と思いましたが、少しずつ変化を感じます。私の住んでいる地方では天候にも恵まれて、穏やかな日が続きました。
さて、世界ではいろいろな動きがありました。
最大のニュースは米国のベネゼエラ攻撃、大統領拘束でしょう。
強国、大国では国際法より自国の利益が優先されること、最強だった頃の勢力図に戻したり、都合のよい状況を作り出したりするためには武力行使を厭わない(常に選択肢の一つである)こと、特に米国の軍事力は火力だけでなくあらゆる点で他国より圧倒的に勝っていて、今回のようなことは簡単にできてしまうことを私たちに、中南米諸国に、そして米国以外の大国にも知らしめました。
米国が他国の反米政権をなんらかの形で転覆崩壊させた例は歴史的に数多くありますが、このタイミングで、そういうことをするのは絶対にダメでしょう、というのが多くの方の直感的な感想ではないでしょうか。
今回の成功?に味をしめて、さらに増長しないかが懸念されます。
前回のコラムでドラえもんのいる世界「人々が豊かで幸せな生活を過ごすことのできる社会」になってほしいと願いましたが、正月早々、昨年末のコラム「世界を憂う」で書いた「力を背景に、断定的扇動的短いフレーズで発言を繰り返すリーダー、ナショナリズム、保護主義の終着点」に一段と近づいた気がしてなりません。

