83. 座右の銘

 まず、先週の答えから。 

 

「『真理は単純で美しいものである』という言葉があるがこれをどう思うか?」 

 「確かに事実はそうかもしれませんが、これは実験の苦労を知らない人の言葉のような気がして私はあまり好きではありません。」 

 

 さて、名言は古今東西あまねくあり、私もそれを調べるのが好きでした。偉人たちは本当に「うまい」ことを言うものです。
今回は私の思い出に残っている名言を2つ紹介したいと思っています。座右の銘といえるかもしれません。
 一つは非常に有名な言葉で、もう一つは殆どの人がご存じではないものだと思います。 

 

「人間万事塞翁が馬」 

 この意味するところの説明は不要でしょう。「淮南子」にある故事です。 

私は、入学試験や資格試験など、とにかく試験が苦手でしたし、巡りあわせにも恵まれませんでした。(と本人は思っています。) 

中学受験では、一次試験でたぶん定員の1.5倍くらいまで絞って、あとはくじ引きで合格者を決めるという国立の中学を受験しました。くじ引きまでいって、まずくじ引きの順番を決める予備抽選がありました。私はそこで1番を引きましたが、本抽選では補欠の5番でした。その帰り道、本屋で買ったのが「世界の名言集」で、この有名な言葉に出会いました。それ以来「いろいろな出来事はあるが、万事塞翁が馬と考えよう」と思うことにしました。 

 

「為而不恃」 

 実家にこの色紙が飾ってあります。 

私の母方の祖父は「篆刻家」と、つまり印章の文字を書き、彫る人でした。ですから書道家でもあり、また筆跡鑑定もしていました。その祖父が私のために書いた色紙だと信じていたのですが、実は別の書家のものだと知ったのはずいぶんと大人になってからでした。(落款を見ればすぐに分かりそうなものですけど・・・) 

「為而不恃」は、老子で「なしてたのまず」と読みます。「何かを行った場合にも、その成果を期待して頼りとすることがない。行為において結果を当てにしない。或いはそれを誇らない」という意味です。しかし、これを「自分のことは自分でやる。人には頼らない。」という意味だと、母親から聞かされていて、これも信じていて、その理解で頭の片隅にずーっとありました。 

「祖父が私に自ら贈った有難いメッセージ」というのは私の誤解でしたが、真の意味はとても含蓄のある言葉ですし、語感の雰囲気が好きです。 

でも、ついつい誇ってしまう自分がいることに気がつきます。 

 

ここまで書いて、ふと、ある言葉を思い出して、紹介したくなりました。大学の恩師である田村善藏先生の言葉です。 

 

「運命はおれのものだ」 

 これは、決して傲慢な意味ではないのです。
先生の解説を引用します。 

「交響曲「運命」で、ベートーベンはその冒頭「運命は戸を叩く」とのみ言って、あと聞く人に任せている。解説書では第三楽章で運命に打ち拉がれているが、第四楽章で最後の勇を奮って運命を克服し歓喜の歌を歌うとあるが、自分が聴くと、戦った形跡はどこにもなく、音は徐々に消えていき、その静けさの中から自然に歓喜の歌が湧いてきているように感じる。このとき、今まで外から襲ってくるものと思い込んでいた運命が、実は自分の中にあるものだと悟ったとき、静かな喜びが湧いてくるものだと。これが人生の節目でも私の拠り所になった。 

運命は自分の中で育まれていた(いる)もののようです。 

その境地になれば、自然な気持ちで変化にチャレンジすることが出来ますよね。 

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