80. ミニ知識:質量分析に大きく貢献した研究者
質量分析器の発明
19世紀後半に陰極線を元に発展した質量分析の分野では、百数十年の間に様々なイオン化法や測定法が開発されました。中でも、Francis Astonは、電子の存在の確認や安定同位体の発見で有名なJoseph John Thomsonの弟子で、質量分析器の発明者として1922年に「非放射性元素における同位体の発見と質量分析器の開発」でノーベル化学賞を受賞しました。
飛行時間質量分析法
1946年にWilliam Stephansにより紹介され、有用な質量分析法として様々な分野で利用されています。原理上質量範囲に制限がないことやスキャンを行う必要がないため、全質量範囲のイオンを同時に検出することが可能であることが特徴です。特にMALDIが開発されて以降、難揮発性の高分子化合物のソフトなパルスイオン化が可能となり、MALDI /TOF-MSはタンパク質やペプチドのような生体高分子の測定などに幅広く用いられています。
イオントラップ法
「イオントラップ法の開発」でHans DehmeltとWolfgang Paulが1989年にノーベル物理学賞を受賞しています。
イオントラップとは、電場や磁場を単独で、又は組み合わせて作ったポテンシャルの井戸にイオンを閉じ込める装置です。三次元的双曲面電極に交流電圧を印加してイオンを閉じ込めるものがポールイオントラップ (Paul ion trap)、静電場と静磁場でイオンを閉じ込めるものがペニングイオントラップ (Penning ion trap)、直流電圧のみを印加した紡錘形電極と樽状電極の間の空間にイオンを閉じ込めるものがキングドントラップ (Kingdon trap) です。Hans Dehmeltがペニングイオントラップを、Wolfgang Paulがポールイオントラップをそれぞれ発明しています。
エレクトロスプレーイオン化法
John Fennが、2002年に「生体高分子の質量分析法の為の穏和な脱離イオン化法の開発(ESI)」によりノーベル化学賞を受賞しています。LCから流れ出る溶液試料を大気圧下で気化・イオン化する事を可能にした大気圧化学イオン化法(atmospheric pressure chemical ionization、APCI)が最初に発明され、その後エレクトロスプレー法(electrospray ionization、ESI)法や大気圧光イオン化法(atmospheric pressure photo ionization、APPI) が開発されました。特にタンパク質の測定に成功したESI法は、質量分析を生命科学への応用を可能にした画期的な手法で、これが2002年のノーベル化学賞の受賞対象となりました。
ソフトレーザー脱着イオン化法
田中耕一氏は、J. Fennと同じく2002年に「生体高分子の質量分析法の為の穏和な脱離イオン化法の開発」でノーベル化学賞を受賞しました。レーザー脱離イオン化 (laser desorption ionization)は、固体や液体のマトリックス中に存在する試料にパルスレーザーを照射して気相のイオンを生成させる方法です。
レーザーを効果的に吸収する媒質(マトリックス)の中にタンパク質を分散しておけば、マトリックスが急速に加熱されてタンパク質分子と共に気化して、タンパク質分子そのものをイオン化する可能性があります。田中耕一氏はマトリックス材として金属の微粉末や有機物などを試しましたが失敗続きでしたが、FAB(fast atom bombardment)法のマトリックスであるグリセロールをコバルトの微粉末に誤って垂らしたところ、レーザーによりタンパク質を気化、検出することを発見しました。