135.健康に欠かせない人とのつながり その1
直木賞作品「藍を継ぐ海」、これが表題作の単行本は5つの短編で構成されています。その一つに「年老いた父親のために隕石を拾った場所を偽ろうとする北海道の身重の女性」と紹介されている「星隕つ駅逓」という作品があります。
その父親は北海道の小さな町(地区)の郵便局長、妻を病気で亡くして現在一人暮らし。3か月後に彼の定年と同時にその郵便局は廃止になることが決まっています。最近では家の掃除、洗濯をあまりせず、身の回りのことも気にしない生活となり、郵便局と地元の歴史を語る時だけ饒舌になります。
「年老いた父親」の年齢は、そうです、65歳です。65歳は「年老いた」とされる年齢なのか・・・
ひどく黄ばんでほつれたタオルを首に巻いている「年老いた65歳」の父親は、その後、身重の娘さんが引き起こす「隕石を拾った場所を偽る」事件を経て、彼自身に新たな交流が生まれ、やがて真っ白なタオルで額の汗をぬぐういきいきとした生活に戻ります。
話は変わりますが、みなさん、「社会疫学」をご存じでしょうか。
社会や経済的な状況が人々の健康に与える影響を研究する学問で、ハーバード大学のイチロー・カワチ教授が有名です。その著書「命の格差は止められるか」(小学館101新書;https://www.shogakukan.co.jp/books/09825174)の「第4章 健康に欠かせない「人間関係」の話」には、日本が世界トップクラスの長寿国である理由に、社会の結束力が高く、人と人とが強い信頼関係で結ばれている点を挙げています。また、人とのつながりが強いと健康になり、人間関係が希薄だと健康が悪化するのだそうです。
そして人間関係と健康のメカニズムについて、以下の3点を紹介しています。
1.人とのつながりがその人の行動を決める
人とのつながりによって、知らず知らずのうちに自分の行動が決められることがあり、その結果、健康に影響する
2.人と交わるだけで健康になる
人には「人と交わること」で保たれる体の能力や機能があり、人と関わることで健康でいられる。このような能力や機能は、筋肉と同様、使わなければ駄目になってしまうものです。
3.繋がりから生まれる支援の力がある
人とのつながりから生まれる様々な支援(ソーシャルサポート)が健康に影響を与える
みなさん、お気づきになりましたよね。
「星隕つ駅逓」の父親は、65歳だから年老いていたのではないのです。
人とのつながりが健康に大きな影響を与えるということを図らずもこの小説が気づかせてくれました。
(写真は新潮社https://ebook.shinchosha.co.jp/book/E060931/を転用いたしました)